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札幌高等裁判所 昭和26年(う)693号 判決

控訴人 被告人 佐藤与四郎

弁護人 井川伊平

検察官 佐藤哲雄関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

理由

弁護人井川伊平の控訴趣意は同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

右控訴趣意第一点について

原判示事実によれば、本件行為は被告人が小樽市巡査として小樽市警察署小樽駅前巡査派出所に勤務して居たが昭和二十六年一月二日所謂自由勤務と称し毎年一月一日より三日間は勤務時間中単に交替にて映画等を見物し多少の飲酒をすることも黙許されて居たに過ぎない際に於ける犯行にかかるものであるから之を業務上の犯行と解するに支障なく後に説示するごとく原判決がこれに対し刑法第二百十一条を適用したのはもとより正当である。所論は「業務」の意義を誤解した上に立つ見解であるから賛成し得ない。又弁護人は控訴趣意第一の四において被告人の本件行為があたかも故意犯であるかの如き主張をなしているが、これは被告人に不利益な事実の主張であつて適法な控訴の理由といえないからこの点に関する所論も理由がない。

右控訴趣意第二点について

原判決挙示の証拠を綜合すれば原判示事実は十分認められる。しかして勤務中拳銃を携帯せる巡査としては自己が一定量の飲酒を為せば病的酩酊の状態となることを知悉せる場合他人に害悪を及ぼす危険を生ぜしむる原因となるべき飲酒を抑止又は制限し右危険を未然に防止すべき業務上の注意義務あることは勿論で右注意義務を怠り病的酩酊に陷り拳銃を暴発しよつて他人に傷害を蒙らしめたる場合業務上過失傷害の罪責を免がれないことも亦当然である。しかして右病的酩酊により心神喪失又は心神耗弱の状態にあつたとしても飲酒の当初注意義務をつくすべき際正常な精神状態にある以上刑法第三十九条を適用すべき限りではない。従つてこれに対し刑法第三十九条第一項乃至第二項を適用しなかつた原判決は正当でありもとより事実誤認又は法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

そこで刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとして主文のように判決をした次第である。

(裁判長判事 黒田俊一 判事 鈴木進 判事 東徹)

弁護人井川伊平の控訴趣意

第一、原審判決は法令の適用を誤つて居るから刑事訴訟法第三八〇条に基いて控訴した。

一、被告人が被害者堤久に対して傷害を加えた事実は原審判決が其の理由に於て認めて居る様に本年一月二日小樽駅前巡査派出所に於て同僚巡査藤田義信、藤本清一と共に勤務中午後一時頃永井町一丁目四番地製餡業井山照美より昼食に招かれ酒の接待を受け同日午後五時過ぎ頃までに約七八合の日本酒を飲み其の結果病的酩酊に陷り夢遊状態となつて市内を彷徨し同日午後七時頃同市入舟町二丁目三十五番地料理店満月事西野清女方に立入り居合せた南重次郎に所携の拳銃を右手に持つて玩弄しながら言いがかりをつけ之をなだめようとした堤久に対し突如右拳銃を発射し因つて同人の左側腰部より腹部に貫通射創を負はしめだ事実である。

二、故に右行為は被告人の業務には少しも関係のない行為である。即ち(1) 製餡業井山照美の招待に預り酒食の饗応を受けた行為は業務ではないし、(2) 病的酩酊の結果夢遊状態となつて料理店満月方に参つたことも業務ではないし、(3) 同所で南重次郎に言いがかりをつけた行為も業務ではない。(4) 是をなだめようとした堤久に対し拳銃を発射した行為も業務行為ではない

三、被告人は業務用の拳銃を以て業務外に使用したものであるに止まる。即ち被告人の使用した拳銃が業務上被告人の平素携帯するものであつたことは事実であるが被告人は此の拳銃を業務上にも使用することが出来又業務外の種々なることにも使用することが出来ることは多言を要しないところである。而して本件は明かに業務外に使用したことは一見明瞭であるから仮りに被告人が過失によつて発射したにしても業務上の過失ではなく普通の過失であるから刑法第二一一条を適用したことは判決に影響する誤りである。

四、又一審判決は「南重次郎に所携の拳銃を右手に持つて玩弄し乍ら言いがかりをつけ之をなだめようとした堤久に対し突如拳銃を発射し因つて云々」と判示して居る。故に被告人は「堤久に対し突如拳銃を発射した」ものである。

之れを業務上の過失であるとして居るが何故業務上の過失なるや全く不明である。即ち、「発射した」と言うことは「本人は発射せしむる意思がないのについ発射した」場合或は「業務上威嚇をする意思で発射したのに過失で死傷に致したと言う様な場合」ではない。被告人は始めから堤久に対して発射したのである。斯る場合であるから本件を業務上の過失として刑法第二一一条を適用したことは判決に影響する誤りである。

第二、原審判決は事実の誤認又は法の適用を誤つて居るから刑事訴訟法第三八二条又は同法第三八〇条に基いて控訴した。

一、原審判決は被告人は「井山のすすめる儘に飲酒し同日午後五時過頃までに約七八合の日本酒を飲み其の結果前記の如く病的酩酊に陷り夢遊状態となつて市内を彷徨し同日午後七時頃同市入舟町二丁目三十五番地料理店満月事西野清女方に立入り居合せた南重次郎に所携の拳銃を右手に持つて玩弄しながら言いがかりをつけ之れをなだめようとした堤久に対し突如右拳銃を発射し云々」と判示して居る通り被告人の犯行は病的酩酊に陷り夢遊状態になつて居つた時の犯行である。而してこの事実は一審の証拠である医師石橋猛雄作成に係る精神鑑定書によるも明かであるから一審の判示は相当である。

二、故に本件の判決については被告人の行為は刑法第三九条一項乃至二項に該当する心理状態に基づく犯行と事実を認定すべきであることは多言を要しない。

然るに此の認定をして居らないことは事実の誤認である。又刑法第三九条の適用を為すべきであるのに之れを為して居らないことは法の適用の誤りでもあり、之れを適用すると否とでは判決に影響のあることも当然である。

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